タムラ製作所(東証プライム・6768)が、中国・広東省佛山市に拠点を置く孫会社田村汽車電子(佛山)有限公司の全持分を譲渡すると発表しました。譲渡先は中国企業の佛山市南海矽鋼鐡芯制造有限公司。2026年6月末の実行を予定しており、HEV(ハイブリッド電気自動車)向け車載用昇圧リアクタの生産を日本に集約する大きな戦略転換です。
タムラ製作所とはどんな会社か
タムラ製作所は1939年創業の老舗電子部品メーカーです。主力はトランス・リアクタなどの電子部品、はんだ材料をはじめとする電子化学実装材料、そして情報機器の3領域。東証プライムに上場しており、2025年3月期の連結売上高は約600億円台前半の規模です。
現在は第14次中期経営計画「One TAMURA for Next 100」を掲げ、創業からの歴史を踏まえた次の成長基盤づくりに注力しています。キーワードは「収益の最大化」と「事業ポートフォリオの最適化」。今回の譲渡は、まさにこの中計の具体的アクションといえます。
田村汽車電子(佛山)の事業と位置づけ
田村汽車電子(佛山)有限公司は、タムラ製作所の100%子会社田村香港有限公司が全額出資する孫会社です。中国広東省佛山市に所在し、HEV向け車載用昇圧リアクタを中心とした車載用電子部品の生産・販売を担ってきました。
ここで補足します。昇圧リアクタとは、HEVやEVのパワートレインにおいてバッテリー電圧を昇圧するための受動部品です。モーター駆動の効率を左右する中核パーツであり、車載品質の要求水準が極めて高い領域です。佛山拠点はこの「高品質部品の中国生産」を可能にする存在でした。
注目すべきは、同社がタムラ製作所の特定子会社に該当していた点です。特定子会社とは、親会社の資本金や純資産に対する比率など複数の基準で判定される重要な子会社を指し、その異動は適時開示の対象になります。つまり、帳簿上の規模感もそれなりに大きかったことがわかります。
取引の概要——スキームとスケジュール
- 譲渡対象:田村汽車電子(佛山)有限公司の全持分(田村香港有限公司が保有する100%)
- 譲渡先:佛山市南海矽鋼鐡芯制造有限公司(中国国内企業)
- スキーム:持分譲渡(中国法上の「股権転譲」に該当)
- 決議日:2025年5月20日(取締役会決議により譲渡を決定)
- 譲渡実行日:2026年6月末(予定)
譲渡金額は現時点で非開示です。ただし、スケジュールが極めてタイトな点は見落とされがちですが重要です。発表から実行まで約7週間。中国における外資企業の持分譲渡には、商務部門や市場監督管理局への届出が必要であり、通常は2〜3カ月を要します。すでに水面下で当局との事前協議が進んでいた可能性が高いと筆者はみています。
なぜ今、中国子会社を手放すのか
タムラ製作所が開示資料で示した譲渡の目的を要約すると、以下の3点に集約されます。これらは開示文言に基づきつつ、筆者の解釈を加えて整理したものです。
- HEV向け車載用昇圧リアクタの生産を日本に集約し、品質管理と供給の一元化を図る
- 中国拠点の運営コスト(人件費高騰・為替リスク)を解消し、収益性の向上を実現する
- HEV成長が見込める日本・米国・ASEAN地域に経営資源を再配分する
ここがポイントです。中国市場の成長鈍化ではなく、「成長する市場への供給体制の再配置」が主因だという点。中国では純EVへの傾斜が加速し、HEV比率は相対的に低下しています。一方、日本・米国・ASEANではトヨタを筆頭にHEVの需要が堅調です。特に東南アジアではEV・HEVを含む電動車全体の市場拡大が続いており、今後も高い成長率が見込まれています。
加えて、米中対立の深刻化による地政学リスクも無視できません。車載部品は安全保障と直結する領域であり、日本企業が中国で生産した部品を米国向けに輸出するハードルは年々上がっています。生産を日本に戻すことで、対米輸出のサプライチェーンリスクを大幅に軽減できます。
譲受先・佛山市南海矽鋼鐡芯制造とは
譲受先の佛山市南海矽鋼鐡芯制造有限公司は、社名が示すとおり珪素鋼鉄芯(シリコンスチールコア)の製造を手がける中国国内企業です。鉄芯はリアクタやトランスの主要構成部品であり、田村汽車電子の製品ラインと素材レベルで上流に位置する企業が買い手に回った構図です。
業界の常識では「上流メーカーが完成品メーカーを買収しても技術統合が難しい」と語られがちです。しかし今回のケースでは、佛山という同一地域に根差した企業同士であり、既存の取引関係があった可能性も考えられます。素材から完成品までの垂直統合を狙う中国企業の戦略として合理的です。
タムラ製作所の株価と業績への影響
田村汽車電子(佛山)は特定子会社に該当しますが、タムラ製作所全体の連結売上に占める比率は限定的とみられます。車載関連は電子部品セグメント内の一部であり、佛山工場の売上は数十億円規模と推定されます。
ただし、利益面でのインパクトは注視が必要です。中国拠点は人件費・材料費の高騰に加え、人民元と円のレート変動による為替リスクを抱えていました。生産を日本に集約すれば、為替影響を排除できるだけでなく、品質管理コストも圧縮できます。中期的には営業利益率の改善要因になると筆者は見ています。
株価については、発表直後に大きな反応は出にくいでしょう。しかし、中計の進捗を測る指標として、投資家のウォッチリストに入るイベントです。
電子部品業界における「中国撤退」の潮流
タムラ製作所の動きは孤立した事例ではありません。近年、電子部品・電気機械器具分野では日本企業による中国拠点の縮小・譲渡が加速しています。
たとえば、ニデック(旧日本電産)はモーター生産の一部をインド・メキシコへ移管する方針を打ち出しているほか、複数の日系電子部品メーカーが中国工場の再編や現地企業への事業譲渡を検討していると報じられています。背景に共通するのは、①米中デカップリング、②中国内需向けと輸出向けのサプライチェーン分離圧力、③ASEAN・インドへの需要シフトの3点です。
見落とされがちですが、中国側にとっても「外資撤退=悪」ではありません。佛山市南海矽鋼鐡芯制造のような現地企業が技術と雇用を引き継ぐことで、中国国内のサプライチェーン自立が進む側面もあります。
今回の譲渡に潜むリスクと懸念
技術流出リスク
車載用昇圧リアクタの製造ノウハウは、タムラ製作所のコア技術の一部です。持分譲渡に伴い、製造装置や工程管理のノウハウが譲受先に移転される可能性があります。タムラ製作所がどこまで技術ライセンスを制限する契約を結べるかが焦点です。
従業員・取引先の引き継ぎ
中国の労働法制では、持分譲渡による雇用主変更時にも従業員の権利保護が求められます。佛山工場で働く従業員のスムーズな移行が実現しなければ、現地での評判リスクにつながりかねません。
日本工場の受け入れキャパシティ
生産を日本に集約するといっても、既存の国内工場にすぐ余力があるとは限りません。設備投資と人員確保が間に合わなければ、顧客への供給が一時的に滞るリスクがあります。タムラ製作所が国内のどの拠点で増産するのか、今後のIR開示で確認したいポイントです。
類似事例との比較——何が違い、何が共通するか
近年、日系電子部品メーカーによる中国子会社の譲渡事例は増加傾向にあります。多くの場合、「選択と集中」を理由に掲げますが、譲渡後に同領域の売上が一時的に落ち込むケースも少なくありません。生産移管先が曖昧なまま譲渡を実行した企業では、顧客離れが進んだ例も報告されています。
タムラ製作所のケースが注目に値するのは、譲渡と同時に日本への生産移管を明言している点です。「どこで・いつまでに」生産を引き継ぐかを最初から打ち出していることは、顧客・投資家の安心材料になるでしょう。この点は、今後同様の戦略を検討する他の日系メーカーにとっても一つのモデルケースになり得ます。
今後のタイムラインと注目ポイント
まず目先の焦点は、正式な譲渡契約の締結です。ここで譲渡金額や競業避止条項の有無が開示される可能性があります。
次に、6月末の譲渡実行後、タムラ製作所の2027年3月期第1四半期(4〜6月)決算で、譲渡損益が計上されるはずです。特別利益か特別損失か——ここに佛山拠点の実質的な収益力が映し出されます。
中長期では、日本国内での増産体制がどれほどのスピードで立ち上がるかがカギです。タムラ製作所は福島県や埼玉県に主要工場を持ちますが、車載品質の認定取得には自動車メーカーとの数カ月にわたる監査プロセスが必要です。2027年前半までに安定供給体制を確立できるかどうかが、中計の成否を左右します。
Q&A
田村汽車電子(佛山)の譲渡はタムラ製作所の業績にどう影響しますか?
佛山拠点の売上規模はタムラ製作所全体の数%程度と推定されます。連結売上への影響は限定的ですが、為替リスク排除や品質管理コスト削減により、中期的な営業利益率の改善が期待できます。譲渡損益は2027年3月期第1四半期に計上される見通しです。
なぜ譲受先が珪素鋼鉄芯メーカーなのですか?
リアクタの主要材料である珪素鋼鉄芯を製造する企業が、完成品工場を取得する垂直統合型の買収です。素材から製品までを一貫生産できるようになるため、譲受先にとってもコスト競争力の強化につながります。
中国からの撤退は他の日系電子部品メーカーでも進んでいますか?
はい。ニデックをはじめ、複数の日系メーカーが中国拠点の縮小・再編を進めています。背景には米中デカップリングと、ASEAN・インドへの需要シフトがあります。
まとめ——「撤退」ではなく「再配置」として読む
タムラ製作所による田村汽車電子(佛山)の譲渡は、単なる中国撤退ではありません。HEV需要が伸びる日本・米国・ASEANに経営資源を集中させる攻めの再配置です。
中計「One TAMURA for Next 100」の文脈で見ると、この譲渡は事業ポートフォリオの最適化における象徴的な一手です。一方で、技術流出リスクや国内工場のキャパシティ確保といった課題も残ります。
2026年6月末の譲渡実行、そしてその後の四半期決算。投資家にとっても、経営者にとっても、ここからが本番です。


