辻・本郷ITコンサルティング株式会社(証券コード:476A)は、相続手続支援プラットフォーム「better 相続」および「better 相続 for 会計事務所」の両事業を、株式会社MILIZEへ譲渡することを決定しました。事業譲渡の実行予定日については公式の適時開示資料をご確認ください。バックオフィスDXを主戦場とする辻・本郷ITコンサルティングが、相続領域という隣接事業を手放し、中核領域への資源集中を選んだこのM&Aは、フィンテック・相続DX市場の地殻変動を映す一枚の鏡です。同社は上場IT企業として投資家に対してシンプルな事業ポートフォリオを示すとともに、MILIZEは個人向けファイナンスサービスの幅を広げる。売り手・買い手双方に明確な論理が存在するこのディールには、2020年代のIT系M&Aが抱える構造的な文脈が凝縮されています。
MILIZEとはどのような企業か
譲受企業のMILIZEは、東京都に本社を置くフィンテック企業です。同社の事業内容の詳細については、公式サイトおよび有価証券報告書等の一次情報をご参照ください。公開情報から確認できる範囲では、AI・データ活用技術を基盤に、個人の資産形成・資産管理に関するサービスを提供していることが同社の特徴として挙げられます。個人のお金にまつわる意思決定を技術で支援するというコンセプトのもと、個人ファイナンスのライフサイクルを幅広くカバーしようとする姿勢が読み取れます。
相続は、まさに個人の資産が次の世代へ移転する瞬間。MILIZEにとって「better 相続」は、既存事業の方向性と親和性の高い拡張と考えられます。公式発表において辻・本郷ITコンサルティングはMILIZEの販売基盤やマーケティングリソースへの期待を譲渡理由として言及しているとされており、この点が本件の戦略的な根拠のひとつとして位置づけられています(詳細は適時開示原文をご確認ください)。
辻・本郷ITコンサルティングが手放した理由——経営資源集中という選択
辻・本郷ITコンサルティングは、コンサルティング・テクノロジー・オペレーションの三ドメインで企業向けバックオフィスDX支援を中核としています。BtoB、それも企業の内部業務効率化が同社の本丸です。
ここがポイントです。「better 相続」は個人向けの相続手続デジタル化サービスであり、「better 相続 for 会計事務所」は会計事務所向けのクラウドサービスです。どちらも辻・本郷ITコンサルティングの技術基盤から生まれた事業ですが、販売チャネルや顧客接点の性質がコア事業とは根本的に異なります。個人顧客や士業事務所を相手にするマーケティングと、大企業のバックオフィスDXを受注するB2Bセールスは、必要なリソースの種類がまったく違う。どちらも「中途半端に持つ」より、得意な相手に任せた方が事業価値が高まるという判断は、経営の合理性として正しいと言えます。
見落とされがちですが、このM&Aは「事業の失敗」ではありません。むしろ「育てたがゆえに譲渡できる」という成熟の証です。価値のある事業だからこそ買い手がつく。新事業を立ち上げ、適切なタイミングで戦略的に手放すという動きは、IT系上場企業において近年見られる傾向のひとつです。
今回のM&Aスキーム——「事業譲渡」を選んだ意味
本件のスキームは事業譲渡です。株式譲渡や合併ではなく、特定の事業のみを切り出して移転するこの手法には明確な意図があります。
事業譲渡では、譲渡する資産・契約・従業員を選択的に移転できます。辻・本郷ITコンサルティングの法人格や他の事業には一切影響を与えません。プラットフォームとして完結している「better 相続」という単位で切り出せることが、このスキームを選択できた前提条件です。逆に言えば、「better 相続」がグループ全体のシステムと過度に統合されていたなら、この形での切り出しは難しかったでしょう。事業のモジュール性が高かったことが、このM&Aを可能にしたとも言えます。
なぜ今このタイミングなのか——相続DX市場が迎えた転換点
日本では年間の死亡者数が増加傾向にあり、国立社会保障・人口問題研究所の推計では2040年代にかけて死亡数がさらに高水準で推移するとされています。これは相続の発生件数が構造的に増え続けることを意味します。国税庁の統計によれば、相続税の申告件数は2015年の基礎控除改正以降、継続的に増加しており、相続手続のデジタル化ニーズは今まさに拡大局面にあります。一方で、その手続をデジタルで完結させるサービスの浸透は、金融機関や士業事務所が個別に対応してきた歴史的経緯もあり、まだ途上です。プラットフォームが入り込む余地は大きく残されています。
この局面でMILIZEが「better 相続」を手に入れる意味は大きい。個人資産形成支援のサービスを持つMILIZEにとって、相続は「顧客が資産を持つ最後の瞬間」へのアクセス手段でもあります。資産形成から相続までをひとつのプラットフォームで支援するという構想は、フィンテック企業が目指してきたライフサイクルファイナンスの典型的な姿です。今回の事業譲受は、その構想を具体化する一手として位置づけられます。
また、会計事務所向けの「better 相続 for 会計事務所」を抱き合わせで取得できる点も見逃せません。士業チャネルは個人顧客へのアクセス経路として極めて有効です。相続案件を扱う税理士・公認会計士を通じた間接販売は、一般消費者へのダイレクトマーケティングとは異なるが確実性の高い顧客獲得ルートです。
会計事務所向けサービスという隠れた資産
「better 相続 for 会計事務所」は、個人向けの「better 相続」と並ぶ譲渡対象ですが、業界内では後者の方が注目を集めやすい。しかし専門家の目から見れば、前者こそが戦略的に重要な資産かもしれません。
会計事務所は相続税申告の主要な担い手です。被相続人の財産評価から申告書作成まで、相続手続全体のハブに位置します。このチャネルを掌握できれば、個人エンドユーザーを直接獲得するコストを大幅に圧縮できます。MILIZEが持つAI・データ技術を会計事務所向けサービスに組み込めれば、競合との差別化も図りやすい。B2B2Cという構造で相続DXを展開する礎になり得るプロダクトです。
競合環境と業界再編が示す構図
相続手続のデジタル化を手がける事業者は、フィンテック系・士業系・不動産系など多様な出自を持ちます。特定の事業者名は参考情報に含まれないため個別には触れませんが、市場全体として「プラットフォームの集約」が進む流れは明確です。相続手続という複雑な手続をワンストップで支援できる事業者が評価される時代に、単独で開発・販売・マーケティングすべてを抱えることは非効率になりつつあります。
辻・本郷ITコンサルティングが公式発表においてMILIZEの販売基盤やマーケティングリソースを譲渡理由として挙げている点は示唆的です。開発力はあっても販売チャネルの拡張に限界があったことを率直に認めた上で、適切なパートナーに事業を委ねるという判断。これは業界全体に対して「開発と販売の分業」を示す事例として機能します。
辻・本郷ITコンサルティングの今後——集中戦略が意味するもの
今回の譲渡後、辻・本郷ITコンサルティングはバックオフィスDXという中核領域に経営資源を集中させます。証券コード476Aを持つ上場企業として、投資家に対してもシンプルなストーリーを示せることは大きなメリットです。
ポートフォリオをシェイプアップする動きは、上場IT企業において近年顕著になっています。成長性の低い事業や、コアとのシナジーが薄い事業を切り離し、得意領域に集中することで株式市場からの評価を高める戦略です。投資家から見れば、事業の透明性が上がり、バリュエーションがかけやすくなるというメリットがある一方、譲渡対価の水準や業績への短期的影響によっては市場の受け止め方が異なる点にも留意が必要です。今回のM&Aがどう評価されるかは、適時開示に含まれる譲渡条件や業績見通しへの影響を含めた総合的な判断に委ねられます。
リスクと留意点——事業継続性の観点から
事業譲渡には固有のリスクが伴います。まず、既存ユーザーへのサービス継続性です。個人向けの「better 相続」を利用中のユーザー、および「better 相続 for 会計事務所」を導入している会計事務所に対して、移行をどう円滑に進めるかが鍵になります。システムの引き継ぎ、データの移管、サポート体制の整備——これらの実務的な課題はMILIZE側が主体的に対処する必要があります。
また、開発チームの処遇も重要です。プロダクトを維持・発展させるには、それを作った人材の知見が不可欠です。エンジニアやプロダクトマネージャーが譲受後に継続して関与できる体制が整っているかどうかは、外部からは見えにくいが事業の成否に直結します。公式発表にこの点の詳細が含まれていないため、引き続き注視が必要です。
株式市場と投資家への示唆
辻・本郷ITコンサルティング(476A)は上場企業です。今回の事業譲渡は適時開示として公表されており、市場関係者の注目を集めています。事業譲渡によって得られる対価の詳細は参考情報に記載がないため言及できませんが、非中核事業の切り離しは「選択と集中」の文脈で評価されることもある一方、譲渡対価の妥当性・業績への影響・PMIコストの負担など個別の条件によって市場の反応は異なります。一概にポジティブとは断言できず、適時開示の内容を精査した上で判断することが求められます。
一方でMILIZE側としては、新たな事業を統合するためのPMI(Post-Merger Integration)コストが発生します。相続DX領域での事業拡張が既存事業とどう結合し、どのタイムラインで収益貢献するか——この点がMILIZEの投資家にとっての判断軸になるでしょう。
この事業譲渡が示す3つの本質
改めて整理すると、今回のM&Aには三つの本質が宿っています。
- 事業のモジュール化が進むIT業界:プラットフォーム事業は切り出しやすい構造を持つため、M&Aの対象になりやすい。この傾向は今後も続きます。
- 相続DXの戦略的重要性の高まり:死亡数の増加と相続税申告件数の拡大を背景に、相続手続のデジタル化は社会インフラ的な意味を帯びつつあります。フィンテック企業にとって、この領域は「今」抑えるべき戦略的ポジションです。
- 開発力と販売力の分業が加速:技術を持つ企業が開発し、マーケティング力を持つ企業が販売する。この分業モデルはIT・フィンテック領域のM&Aを今後さらに活発化させる可能性があります。
まとめ——「手放す」ことで生まれる価値
辻・本郷ITコンサルティングがMILIZEへ「better 相続」事業を譲渡するこのM&Aは、単なる事業の売却ではありません。辻・本郷ITコンサルティングは中核のバックオフィスDXへの集中によって事業の解像度を上げ、MILIZEは個人ファイナンス支援の幅を相続領域まで広げることで顧客との接点を増やす。双方が自社の強みを発揮できる場所で事業を運営するための再配置であり、「所有者を変えることで事業価値を最大化する」というM&Aの原則を体現した案件です。具体的には、MILIZEが持つ販売チャネルと顧客基盤に「better 相続」のプロダクト力が乗ることで、辻・本郷ITコンサルティング単独では届かなかった個人顧客・士業事務所へのリーチが広がることが期待されます。相続DX市場全体の成熟とともに、MILIZEの手でこのプラットフォームがどう進化するか、引き続き注目したいところです。
Q&A
「better 相続」事業の譲渡後、既存ユーザーのサービスはどうなりますか?
公式発表では、MILIZEのもとで利用者への提供価値の最大化を図るとされています。具体的なユーザー移行の詳細については、両社の公式発表をご確認ください。
今回のM&Aのスキームは何ですか?
スキームは事業譲渡です。辻・本郷ITコンサルティングの法人格はそのまま存続し、「better 相続」および「better 相続 for 会計事務所」の両事業のみがMILIZEへ移転します。
事業譲渡の実行日はいつですか?
2026年9月30日が予定されています。
なぜ辻・本郷ITコンサルティングは「better 相続」事業を手放したのですか?
企業向けバックオフィスDX支援という中核事業への経営資源集中が目的です。個人向け・士業向けの相続サービスは、専門的な販売基盤を持つMILIZEのもとで成長させる方が事業価値を最大化できると判断しました。
MILIZEが「better 相続」事業を取得するメリットは何ですか?
MILIZEはAI・ビッグデータや個人資産形成支援を手がけており、相続手続のデジタル化事業は既存事業と強いシナジーを持ちます。特に会計事務所向けサービスは個人顧客への間接チャネルとして機能し、事業拡大に貢献できます。


