『1県1行』とは何か
『1県1行(いっけんいちぎょう)』とは、地方銀行(以下、地銀)が複数存在する県で経営統合や連結持株会社の設立などを行い、実質的に1グループ体制を築くことで規模の経済を追求しようとする考え方を示すキャッチフレーズです。法律で義務づけられているわけではありませんが、地域人口の急減や利ざや縮小、DX投資負担といった構造課題に直面する中で、監督当局がビジネスモデルの持続可能性を重視する姿勢を強めたことで再び注目を集めています。
『1県1行』は行政のスローガンではなく、各行が自主的に選択を迫られる“生存戦略”といえます。
現在、青森・愛知・三重など11県では実質的に1グループ化(第二地銀を含む)が完了しており、長野・福井などでも統合が予定されています。
歴史的背景:1936年の“一県一行主義”から戦後の再編まで
戦時統合のはじまり(1936〜1945年)
1936年、馬場鍈一大蔵大臣が打ち出した「一県一行主義」は、軍需資金を効率的に調達する目的で銀行統合を推進した政策でした。当時538行あった普通銀行は終戦直後に61行へ激減し、県域ごとに中核銀行が誕生しました。
高度成長期からバブル崩壊前夜(1950〜1990年)
戦後の復興と高度経済成長で資金需要が高まると、政府系金融機関と棲み分ける形で地域金融の多様化が進みました。この時期には第二地銀の新設も相次ぎ、1980年代には地銀132行・第二地銀72行というピークを迎えました。
平成不況と第一次再編(1990〜2010年)
バブル崩壊後の不良債権処理で多くの地銀が経営難に陥り、第二地銀同士の合併や広域連合型持株会社(ふくおかフィナンシャルグループなど)が誕生しました。2000年代後半には人口減少が顕在化し、「規模より収益性」を重視する段階へ移行しました。
現代:金利正常化と第二次再編(2010〜2025年)
2016年のマイナス金利政策導入、2024年の日銀YCC撤廃を経て金利は上昇局面に入りました。一方で預貸ギャップが拡大し、保有国債の評価損リスクも増大しています。ゼロゼロ融資の返済負担やIT投資費用がのしかかる中、『1県1行』体制の必要性が現実味を帯びています。
2025年時点の地方銀行勢力図
地銀数の推移と統合類型
1990年に地銀132行・第二地銀72行あった体制は、2025年には地銀97行・第二地銀34行、合計131行へ減少しました3。統合形態は対等合併、子会社化、共同持株会社の三つに大別されます。
県別再編マップ(2021〜2026年)
| 県 | 統合形態 | グループ名 | 完了・予定日 |
|---|---|---|---|
| 青森 | 対等合併 | 青森みちのく銀行 | 2025/01/01 完了 |
| 愛知 | 対等合併 | あいち銀行 | 2025/01/01 完了 |
| 三重 | 存続行方式合併 | 三十三銀行 | 2021/05/01 完了 |
| 長野 | 子会社化後合併 | 八十二長野銀行 | 2026/01/01 予定 |
| 福井 | 共同持株会社 | 福井フィナンシャルグループ | 2026/05/02 予定 |
鹿児島・宮崎・山陰などでも広域連合の検討が進んでいます。
直近の大型合併・統合ケーススタディ
青森みちのく銀行
- 動機:県人口はピークから30%減り、貸出金利は1.03%と低水準で収益が圧迫されています。
- 効果:合併後の総資産は3.2兆円となり、経費率(OHR)は55%から49%へ改善する計画です。
- KPI:2027年度にROE5%以上を目指し、DX投資150億円を共同負担します4。
あいち銀行(愛知銀行・中京銀行)
- 動機:トヨタ系取引の重複を解消し、NISAマネーを取り込むためリテール部門を強化します。
- 効果:県内預金シェアは25%、法人貸出シェアは28%となります。
- KPI:2030年度までに手数料収益比率25%を目標としています5。
八十二長野銀行(予定)
- 動機:県外への資金流出に対応し、勘定系刷新費用(約600億円)を圧縮する必要があります。
- 効果:合併後の総資産は7.1兆円となり、100名規模のデジタル人材を共同データセンターに集約します。
- KPI:2028年度に経費率50%割れ、BaaS収益20億円を目指します6。
再編を後押しするマクロ要因
- 人口減少と預金流出:2000年から2025年にかけて地方圏人口は13%減り、預金残高も8%減少しました。若年層の資金はネット証券へ流れています。
- 金利ある世界への転換:2024年3月にマイナス金利が解除され、長期金利が上昇しました。その結果、保有国債の評価損が顕在化しています。
- ゼロゼロ融資返済の本格化:約40兆円のうち12.3%が返済遅延リスクとなり、与信費用が経営を圧迫しています。
- DX投資の増大:勘定系クラウド化には1行あたり300〜800億円が必要で、単独負担は困難です。
- 金融庁の行政方針:2024事務年度方針で「持続可能性評価」が明文化され、赤字行には統合を含む抜本策が求められています。
地域経済と顧客への影響
マイナス面
- 合併後3年間で平均15%の店舗統廃合が行われ、地域雇用が縮小する可能性があります。
- 競争の低下により、住宅ローン金利が0.05〜0.1ポイント上昇する傾向があります。
プラス面
- 統合で生まれたコスト削減分を原資に、地域企業への業務効率化支援ファンドを設立する事例が増えています。
- スマートフォン完結型口座開設率が45%から70%へ向上し、ユーザー利便性が高まっています。
ポスト統合フェーズの経営課題とDX戦略
システム統合とクラウドコア
クラウドベースの次世代コアバンキングはAPI連携とリアルタイム勘定を可能にし、年間ITコストを平均30%削減すると期待されています。
人材リスキリング
統合で余剰となる営業職をDXコンサルタントに転換するため、PythonやPower BI研修が導入されています。山陰合同銀行では年間200名を育成し、外部売上8億円を創出しています。
非金融収益モデル
地方創生ファンドや再エネSPC、保険代理店などを通じ、フィービジネス比率20%以上を目指す地銀が43%に達しています。
データプラットフォーム戦略
APIハブを活用したBank‑as‑a‑Service(BaaS)モデルにより、地方自治体の給付金即日支給やSaaS決済連携が実現しています。山口フィナンシャルグループのYMG API Hubは年間4,000万リクエストを処理しています。
生成AIの活用
KDDI系LLMスタートアップELYZAなどと連携し、与信モデルを自動生成するシステムやFAQチャットボットを導入した常陽銀行では、コールセンター対応時間を35%短縮しています。
規制・監督当局のスタンス
金融庁は「対話型監督」を掲げ、ビジネスモデルの持続可能性やガバナンス体制を重点的に評価しています。預貸市場シェアが県内で70%を超える場合や店舗統廃合で地域金融機能に影響が及ぶ場合には、公正取引委員会と連携して審査を行う方針です。日本銀行は地域金融機能強化法に基づく特例承認を活用し、統合後の自己資本比率要件を緩和するケースも認めています。
将来の再編シナリオ
段階的統合シナリオ
2026年から2030年にかけて17県で追加統合が進み、地銀の総数は80行前後になると予想されます。これは現状の趨勢が緩やかに続くケースです。
広域連合化シナリオ
複数県をまたぐメガ地方銀行(総資産10兆円規模)が5グループ誕生し、コストシナジーは高まるものの地域独占への懸念も強まります。
BaaS特化シナリオ
勘定系プラットフォームを子会社化し、銀行機能をSaaSとして外販するモデルが主流となります。支店網の軽量化が進む一方、新たな競争も生まれる可能性があります。
FAQ
Q: 『1県1行』で競争はなくなりますか?
A: オンラインバンキングの普及で他県地銀やメガバンク、ネット専業銀行が容易に参入できるため、価格競争が完全に消えるわけではありません。むしろサービスの質での競争が中心になります。
Q: 合併後も預金は守られますか?
A: 預金保険制度による保護上限(元本1,000万円とその利息)は変わりません。統合によって自己資本が厚くなるぶん、破綻リスクは下がる可能性があります。
Q: 店舗が減ると高齢者が困りませんか?
A: 移動店舗や提携コンビニATM、地域包括支援センターとの連携などで高齢者向けサービスを補完する事例が増えています。
まとめ
『1県1行』はかつての強制統合ではなく、地域金融インフラを持続可能に保つための自主的な統合モデルへと進化しました。統合そのものよりも、DXや人材戦略をいかに進めるかが今後の成否を左右すると言えます。


