インサイダー取引の定義と対象者
インサイダー取引とは、上場会社等の重要事実を知り得る立場(インサイダー)が、その事実が公表される前に株式や新株予約権等を売買し、情報優位を利用して利益を得る行為を指します。日本では金融商品取引法(以下、金商法)166条・167条で規制されており、違反した場合には行政処分や刑事罰が科されます。
対象となるインサイダーの範囲
- 会社関係者:取締役・監査役・執行役員・従業員など
- 情報受領者(ティッピー):会社関係者から重要事実を受領した第三者
- 業務委託先・顧問・弁護士・会計士:職務上知り得た場合も含まれます
グループ会社や孫会社の役職員も対象となる点に注意が必要です。
金融商品取引法における規制概要
金商法は以下の2種類の取引を禁止しています。
- 自己売買規制(166条):会社関係者が重要事実を知った後、その公表前に自己または第三者の計算で当該株式等を売買すること。
- 情報伝達規制(167条):会社関係者が重要事実を他人に伝達し、その情報を利用して売買をさせること。
違反が認められると、行政課徴金のほか、刑事罰として5年以下の懲役または500万円以下の罰金(法人は5億円以下)が科される場合があります。
重要事実・一次情報の範囲
金商法施行令で列挙される重要事実は大きく次の3つに分類されます。
2025年4月施行の改正府令では、**株式報酬制度における大量付与(1億円以上)**の決定について「軽微基準」の見直しが行われ、一定要件を満たす場合は重要事実に該当しないことが明確化されました。(hrgl.jp)
ブラックアウト期間と例外規定
多くの上場企業は自主ルールとして決算発表前3週間~1か月程度のブラックアウト期間を設定し、役職員の株式売買を禁止しています。これは法定義務ではありませんが、コンプライアンス上のベストプラクティスとされています。
例外として、ストックオプションの権利行使や持株会の継続購入など、インサイダー規制対象外とみなされる取引もあります。ただし、例外取引であっても「保有株式の売却」を伴う場合は規制が及ぶため、社内規程で明確に定義することが重要です。
罰則・課徴金・刑事責任
| 区分 | 内容 | 2025年時点の水準 |
|---|---|---|
| 課徴金 | 不正利得額の1.5倍(情報伝達は1.2倍) | 課徴金納付命令は金融庁が発出 |
| 刑事罰(自然人) | 5年以下の懲役または500万円以下の罰金 | 両罰も可 |
| 刑事罰(法人) | 5億円以下の罰金 | 併科の可能性あり |
2024年8月、金融庁は光寿司(小僧寿し)株をめぐるインサイダー取引で、個人に対し約1,200万円の課徴金納付命令を発出しました。(fsa.go.jp) さらに2024年3月にはタツタ電線株のインサイダーで同様の処分が行われております。(fsa.go.jp)
2025年施行の法改正ポイント
2024年9月27日に公布された改正取引規制府令が2025年4月1日に施行され、以下の点が変更されました。(hrgl.jp, fsa.go.jp)
- 軽微基準の見直し:株式報酬の割当総額等に応じ、重要事実該当性を再定義
- 情報通信手段の拡充:SNS・メッセンジャーでの伝達も規制対象と明文化
- 課徴金算定基礎の詳細化:デリバティブ取引の想定元本を含めた計算方法を追加
- 英語開示書類の認定:英文プレスリリースによる重要事実の公表が正式に認められ、公表時点で情報解禁となります
企業は社内規程を2025年3月末までに改定し、従業員向け教育を実施することが推奨されます。
国内外の最新摘発事例
国内事例:放送局社員による情報伝達
2024年5月、朝日放送グループHDの社員が未公表の業務提携情報を知人に漏えいし、知人が株式を売買したケースで、証券取引等監視委員会(SESC)が約2,800万円の課徴金勧告を行いました。(fsa.go.jp)
国内事例:元裁判官の有罪判決
2025年4月、大阪地裁は元裁判官による不正取引について懲役2年6か月・執行猶予4年、罰金100万円および追徴1,020万円を言い渡しました。(mco.mycomplianceoffice.com)
海外事例:SECによる大型制裁
米国SECは2024年度にインサイダー取引・遅延報告を含む583件の執行を行い、総額67億ドルの罰金を徴収しました。(sec.gov) 2024年9月にはアルファベットやゴールドマン・サックスを含む複数社に対し3.8百万ドルのペナルティを科しております。(sec.gov)
企業が取るべき内部管理体制
- 情報フローの可視化:重要事実の生成から開示までをワークフロー管理
- ブラックアウト規程:四半期ごとに禁止期間を設定し、取締役会で承認します
- 持株会ルール:定額積立型購入のみを許容し、売却はIR部門の許可制
- 教育・研修:eラーニング+年1回テストで理解度を測定
- モニタリング:証券会社からの取引報告書(社内ポリシーに基づく任意提出)を活用
金融庁・証券取引等監視委員会の取締り動向
- 課徴金件数:2024年度は57件(前年比+12%)で過去5年間で最多
- 平均課徴金額:個人480万円、法人1億2,000万円
- 審査期間:着手から勧告まで平均10.3か月。近年はデータ解析強化により短縮傾向
FSA週報615号では、行政処分の早期化を目的にAIツールによる異常検知システムを導入したと報じられています。(fsa.go.jp)
よくある質問FAQ
| 質問 | 回答 |
|---|---|
| インサイダー規制は未公開企業にも適用されますか? | 原則として金融商品取引所に上場している銘柄が対象です。未公開会社の株式を取引する場合は別の不正競争防止法や会社法の規制を受ける可能性があります。 |
| 重要事実の「公表」とはいつを指しますか? | 取引所TDnetへの適時開示、プレスリリース配信、報道機関による周知など、広く一般に認知可能な状態になった時点です。 |
| SNSに誤って重要情報を書き込んだ場合はどうなりますか? | 掲載後ただちに削除しても、不特定多数に閲覧された可能性がある場合は”公表”とみなされます。社内規程違反として処分対象になることがあります。 |
まとめ
インサイダー取引規制は、資本市場の公正さを維持し、投資家保護を図るための根幹ルールです。2025年4月施行の改正で対象取引や軽微基準がアップデートされ、取締りもデジタル化により一層強化されました。企業・個人いずれも、最新情報を踏まえたコンプライアンス体制と適時開示を徹底し、公正で透明な市場形成に寄与することが求められます。


