この記事ではカーブアウトとは何かを完全解説しています。2025年最新データを基に、メリット・デメリット、手順、成功事例、税務・法務ポイントまで網羅しています。企業再編・事業売却を検討する経営者・M&A担当者必読ガイドです。
カーブアウトとは?
カーブアウト(carve‐out)とは、企業が子会社・事業部門の一部を切り出し、第三者に売却したり新会社として独立させたりする経営手法です。日本語では「事業分割」「事業切り出し」とも呼ばれ、M&Aや組織再編の文脈で近年急速に注目を集めています。グローバルではPEファンドの投資機会として定着しており、日本でも2025年1〜5月だけで上場企業によるカーブアウト関連案件が225件と前年同期比30%増と過去最高ペースで推移しています【参考: MARRオンライン 2025年6月3日記事】。
カーブアウトが注目される背景
コーポレートガバナンス改革と資本効率の追求
東京証券取引所の「資本コストや株価を意識した経営」の要請やプライム市場向け取引規則の改正により、企業は保有資産を再評価し、ノンコア事業売却を加速しています。カーブアウトは資本効率(ROE)向上とバランスシートのスリム化手段として機能します。
プライベートエクイティ(PE)ファンドの台頭
国内PEファンドの運用残高は2024年末で約15兆円と10年前の2.5倍に拡大【AlixPartners, 2025】。PEファンドはカーブアウト案件に対し高いバリュエーションを提示する傾向があり、売り手にとって魅力的なエグジットオプションとなっています。
デジタルトランスフォーメーション(DX)との親和性
古いITシステムを抱える大企業がDXを推進する際、レガシー部門を切り出し外部資本で再生する手段としてカーブアウトが有効です。
ESG投資家からのプレッシャー
株主還元や気候変動対応を強めるESG投資家は、「資源の最適配分が遅い企業」に低いバリュエーションを与える傾向があります。特に総合化学やコングロマリット型メーカーは、排出量の大きい高炉や石化事業を切り出し、クリーン事業へシフトすることでESGスコアを改善し、再生可能エネルギー向けサステナビリティローンの調達コスト低減に成功しています。カーブアウトはこうした非財務要素を財務価値へ転換する手段としても機能します。
カーブアウトの主なスキーム
カーブアウトを実行する際には、目的や利害関係者に応じて以下のスキームが選択されます。
| スキーム | 概要 | 典型用途 |
|---|---|---|
| 事業譲渡 | 資産・負債・契約を個別移転。迅速だが許認可再取得コスト大。 | 中小規模の事業売却 |
| 会社分割(吸収分割/新設分割) | 包括承継により契約関係を一括移転。労務リスクを抑制。 | 大規模事業の分離 |
| 株式譲渡 | 分社化した子会社株式を売却。上場廃止リスク低減。 | 海外事業の切り出し |
| エクイティカーブアウト(ECO) | 子会社株式の一部をIPOし資金調達。親会社は支配権維持。 | 資金ニーズと上場維持の両立 |
スキーム詳細: 吸収分割と新設分割の比較
吸収分割は買い手企業が承継会社となるため、クロージング時点で買い手に完全統合されます。一方、新設分割では親会社が新会社株式を一旦100%保有した後に売却する形を取るため、従業員の心理的ハードルが低い利点があります。ただし新設会社設立費用や許認可再取得コストは高く、検討段階でファイナンシャルモデリングが欠かせません。
エクイティカーブアウト(ECO)の最新動向
米国ではGE HealthcareのECO(2023年1月上場)が注目を集め、株価は親会社SOTP(各事業の純資産合計)より25%高い評価を受けました。日本企業も同様の手法に関心を示し、素材大手や商社で検討が進んでいます。ECOは希薄化リスクを抑えつつ、戦略投資家へ株式を割り当てられる点が特徴です。
メリット・デメリット
売り手側のメリット
- 資本効率向上: 非中核事業の切り出しでROICを改善。
- キャッシュ確保: 売却代金のほか、TSA(移行サービス契約)収入も発生。
- 経営集中: 核となるコア事業へリソース再配分。
売り手側のデメリット
- シナジー損失: 共通購買やブランド力が低下。
- 分離コスト: ITシステム分離費用は売却対価の5〜15%に達することも。
買い手側のメリット
- 即時スケール獲得: 既存顧客基盤・技術・人材を一括取得。
- ターンアラウンド機会: ノンコア事業を専門経営で高収益化。
買い手側のデメリット
- スタンドアローンリスク: 親会社依存機能(IT・人事)が欠落。
- 複雑なPMI: 契約の再交渉や許認可移行が長期化。
ステークホルダー別メリット・デメリット
| ステークホルダー | メリット | デメリット |
|---|---|---|
| 経営陣 | ROE向上・株価上昇による報酬インセンティブ | 失敗した場合のレピュテーション悪化 |
| 従業員 | 独立後に意思決定が迅速化し、裁量が拡大 | 処遇・就業規則変更の不確実性 |
| 顧客 | 専門特化により製品改善スピードが向上 | サービスレベル低下の懸念 |
| 投資家 | ノンコア事業のリスク切り離し | 分散効果低下でポートフォリオ変動率増加 |
手順と実務フロー
カーブアウトは「分離」と「譲渡」の二つの大きな工程で構成されます。以下は典型的なタイムライン(12〜18か月)の概要です。
フェーズA: 戦略立案(0〜2か月)
- 事業ポートフォリオ分析と切り出し対象の選定
- KPI設定とバリューアップシナリオの策定
- 社内ステークホルダー(取締役会・労組)への説明
フェーズB: 事前デューデリジェンス(2〜4か月)
- 財務・法務・税務・IT・ESGのセルフDD
- アクセスリスクを鑑みたデータクレンジング
- 分離原価見積もり(IT/共有サービス/従業員移籍コスト)
フェーズC: 分離計画とTSA設計(4〜7か月)
- Day‑1組織図とスタンドアローン機能一覧
- ITカットオーバープランとデータマイグレーションロードマップ
- TSA(移行サービス契約)の範囲・価格・期間合意
フェーズD: 買い手候補選定・入札(7〜10か月)
- ロングリスト作成とティーザー送付
- ノンバインディングオファー(NBO)受領
- ショートリストとIM(インフォメモ)配布
- マネジメントプレゼン・Q&Aセッション
- バインディングオファー(BO)受領
フェーズE: デューデリ&契約交渉(10〜12か月)
- 買い手側DD: クロスボーダー案件では特殊DD(輸出規制・サイバー)追加
- 価格調整メカニズム(Locked Box vs Completion Accounts)の決定
- 表担保証・補償(R&W)と補償上限の詰め
- 株式譲渡契約(SPA)または事業譲渡契約の最終化
フェーズF: クロージング準備(12〜14か月)
- 規制当局(FTC/JFTC)や許認可の承認取得
- 従業員説明会・顧客通知・取引先同意取得
- ITシステム分割テスト
フェーズG: クロージング&バリューアップ(14〜18か月)
- 対価受領・株式/資産移転完了
- Day‑1運営開始・TSA提供
- 100日プランとPMI(Post‑Merger Integration)モニタリング
- KPIレビューとシナジー検証
税務・法務の要点
組織再編税制
会社分割による資産移転は「適格分割」に該当すれば譲渡損益を繰延可能ですが、対価の要件(移転資産の80%以上を株式とする等)を満たさない場合は非適格課税となり、多額の法人税負担が発生します。
消費税・印紙税
事業譲渡は資産ごとに消費税の課税対象となりうるため、譲渡資産の棚卸が重要です。権利金や営業権譲渡に伴う印紙税の課税も見落としがちです。
労働契約法第22条通知義務
会社分割による包括承継時は労働者個別同意は不要ですが、事前通知義務を怠ると無効主張リスクがあります。特に海外現法を含む場合、各国労働法のクローズ条件がDDのクリティカルパスとなります。
独占禁止法・海外規制
中小規模でもバリューチェーンが重複する場合は公取委への届出が必要となるケースがあります。EU/US向け輸出比率が高い場合は外国補助金規制(EU FSR)や米国CFIUS審査も早期にチェックしましょう。
国内外の代表的事例
| 事例 | スキーム | 売却額 | ポイント |
|---|---|---|---|
| GE → GE Healthcare(米, 2023) | ECO | 約533億USD | 25%のプレミアム評価を獲得し親会社デレバレッジに貢献 |
| 日立グループ → 日立製作所HV事業(2020) | 吸収分割+株式譲渡 | 約1100億円 | ABBへの売却でシナジー創出、HV事業再成長 |
| ソニー → ソニー生命 (2024) | 株式譲渡 | 非公表 | PEファンド(国内大手)へ47%を売却し資本効率改善 |
| 東芝 → ラプラスSiC事業(2024) | 新設分割+PE | 600億円 | 新会社へPEファンドと組み成長投資を加速 |
| 伊藤忠商事 → 食品子会社上場(計画中) | ECO | — | F&B専業化でESGスコア向上、株主還元強化 |
成功のためのチェックリスト
- 切り出し対象事業のKPIとバリューアップシナリオは明確か
- IT分離コストとタイムラインが事前見積に反映されているか
- Day‑1運営に必要なスタンドアローンサービスが確保されているか
- 規制承認・許認可移管のリードタイムを過小評価していないか
- 労働契約・年金・福利厚生の移管プランは従業員と合意形成済みか
- 税務最適化(適格分割/繰延税金資産活用)が図られているか
- R&W保険やクレームメカニズムで残余リスクをヘッジしているか
- PMI 100日プランとKPIモニタリング体制は設計済みか
よくある質問(FAQ)
Q1: カーブアウトとスピンオフの違いは?
A: スピンオフは親会社株主に新会社株式を無償割当する取引で資金流入を伴わないのに対し、カーブアウトは第三者への売却やIPOにより親会社にキャッシュが入る点が最大の違いです。
Q2: カーブアウト実行に適した事業規模は?
A: 100億〜1000億円規模が最も多いですが、近年はDXスタートアップ買収後の再売却など50億円未満のライトカーブアウトも増加しています。
Q3: 税務面で最も留意すべきポイントは?
A: 適格分割要件を満たせるかどうかと、タックスヘイブン対策税制(CFC)による課税リスクです。
Q4: PEファンドに売却すると従業員待遇は悪化しない?
A: 日本の大手ファンドではストックオプション付与や新規投資による成長志向が強く、処遇改善に向けた「アドオン型」投資が一般的です。ただしKPI連動型の変動報酬比率が高まる傾向があります。
Q5: IT分離の失敗事例は?
A: 海外のITAM社ケースでは、親会社のERPを切り離せずTSAが3年延長され、追加コストが売却対価の12%に膨張しました。要因はマスターデータの冗長・重複と新ERP移行スキル不足です。
まとめ
カーブアウトは資本効率向上やESGスコア改善、DX加速など多面的な価値をもたらします。一方でIT分離コストや組織文化衝突など複雑なリスクも孕むため、入念なセルフDDとステークホルダーコミュニケーションが必須です。本記事で紹介したスキーム、手順、税務・法務チェックポイント、成功事例を参考に、自社に最適なカーブアウト戦略を設計しましょう。


