2026年1月、日本の資本市場で大きな注目を集めたのが、**豊田自動織機**に対するTOB(株式公開買付け)を巡る議論です。
特に話題となったのが、米国の著名アクティビスト投資ファンドである エリオット・インベストメント・マネジメント が、提示されたTOB価格について「著しく過小評価されている」と公然と反対の姿勢を示した点です。
本記事では、エリオットがなぜこのTOB価格を問題視しているのか、その論拠と背景を整理するとともに、この件が日本企業のM&Aやコーポレートガバナンスに与える意味について詳しく解説します。
豊田自動織機のTOBとは何だったのか
今回のTOBは、トヨタグループ内の資本関係再編を目的として実施されました。買付主体はグループ関連会社であり、豊田自動織機を非公開化することで、長期視点での経営判断やグループ戦略をより柔軟に進める狙いがあると説明されています。
提示されたTOB価格は、1株あたり18,800円です。当初提示された価格から引き上げられた水準ではあるものの、この価格に対してエリオットは「依然として企業価値を十分に反映していない」と強く反発しました。
エリオットとはどのような投資家か
エリオット・インベストメント・マネジメントは、世界的に知られるアクティビスト投資ファンドです。単に株式を保有するだけでなく、経営陣や取締役会に対して積極的に提言・要求を行い、企業価値の最大化を目指すスタイルで知られています。
過去には欧米のみならず、日本企業に対しても株主提案やガバナンス改革を求める動きを見せており、「少数株主の権利」や「資本効率」を重視する姿勢が一貫しています。
なぜTOB価格は「過小評価」だと主張するのか
エリオットが18,800円というTOB価格を問題視する理由は、大きく分けて三つあります。
資産価値が十分に反映されていないという主張
エリオットの分析によれば、豊田自動織機は本業の収益力に加えて、多額の資産価値を有しています。具体的には、グループ内外の株式持分、不動産、事業用資産などを時価ベースで評価すると、1株あたりの本源的価値はTOB価格を大きく上回るとしています。
エリオットは、こうした「純資産価値」や「隠れた含み益」が、TOB価格では十分に評価されていないと指摘しています。
将来成長性の織り込み不足
豊田自動織機は、フォークリフトなどのマテリアルハンドリング事業で世界的に高い競争力を持ち、安定したキャッシュフローを生み出しています。また、電動化・自動化といった中長期的な成長テーマも抱えています。
エリオットは、こうした将来成長を前提とした評価を行えば、18,800円という価格は「現在価値ベースでも低すぎる」と主張しています。短期的な業績や保守的な前提だけで算定された価格であり、長期株主の利益を十分に反映していないという見方です。
少数株主保護の観点からの問題提起
今回のTOBは、グループ内再編という性質上、支配株主側の意向が強く反映されやすい構造にあります。エリオットは、この点を特に問題視しています。
具体的には、
- 少数株主が交渉力を持ちにくい
- 価格決定プロセスが形式的になりやすい
- 「グループ論理」が株主価値に優先される可能性
といった点です。エリオットは、今回のTOBが成立すれば、「少数株主が十分な対価を得られない前例になりかねない」と警鐘を鳴らしています。
エリオットが示した独自の評価水準
エリオットは、単に反対を表明するだけでなく、独自の評価レンジを示しています。
同社の分析では、
- 本源的な資産価値ベースで1株2万6,000円前後
- 独立企業として成長戦略を実行した場合、将来的にはさらに高い評価水準
が妥当とされています。これらはあくまでエリオット側の試算ですが、18,800円との差は無視できない水準です。
市場の反応と株価の動き
実際、市場ではTOB価格発表後も、豊田自動織機の株価がTOB価格を上回る水準で推移する場面が見られました。これは、
- TOB価格に不満を持つ投資家が存在する
- 価格引き上げや条件変更への期待
が一定程度織り込まれていた可能性を示唆します。
トヨタグループ側の論理
一方で、トヨタグループ側にも論理があります。非公開化によって、
- 長期的な研究開発投資
- グループ全体での資源配分
- 市場の短期評価に左右されない経営
を実現しやすくなるという考え方です。
この視点では、「株主価値の最大化」と「グループ戦略の最適化」が必ずしも一致しない場面が生じます。今回の対立は、まさにこの構造的な緊張関係を浮き彫りにしました。
この問題が示す日本市場の構造的課題
エリオットの主張は、単なる価格交渉ではありません。背景には、日本企業に特有の以下の課題があります。
- グループ内取引・再編における価格決定の透明性
- 独立社外取締役や特別委員会の実効性
- 少数株主の立場の弱さ
今回の件は、これらの問題が依然として解消されていないことを示しています。
東京コスモス電機の事例との共通点
近年話題となった東京コスモス電機のTOB算定価格問題と同様に、本件でも「形式的には整っているが、実質的な公正さが問われる」という構図が見られます。
- 外部算定
- 特別委員会
- プレミアム付き価格
これらがそろっていても、株主が納得しなければ市場は評価しません。エリオットの反対は、その象徴的な表れです。
今後への影響と注目点
今回のエリオットの動きは、今後の日本企業のTOBやM&Aに少なからぬ影響を与える可能性があります。
- 価格算定の前提条件の開示強化
- 独立性の高い特別委員会の設計
- 少数株主との対話の重要性
これらが、今後さらに重視されることになるでしょう。
まとめ
エリオットが豊田自動織機のTOB価格を「過小評価」と主張している背景には、単なる価格不満ではなく、
- 資産価値の評価
- 将来成長性の織り込み
- 少数株主保護とガバナンス
という、日本企業全体に共通する構造的な論点があります。
18,800円という数字の是非以上に、このプロセスが市場にどのようなメッセージを与えたのかが重要です。今回の件は、日本の資本市場が「形」から「中身」へと進化できるかどうかを問う試金石と言えるでしょう。


