中東資本が狙うLNG覇権とオーストラリア資源外交の岐路
2025年6月、アブダビ国営石油会社 ADNOC(Abu Dhabi National Oil Company) が主導するコンソーシアムは、オーストラリアの大手ガス企業 サントス(Santos) に対し、187億ドル(約2.9兆円) 規模の買収提案を提示しました。買収価格は1株あたりA$8.89とされ、当時の市場価格に対して約28%のプレミアムを付与する大胆な条件です 。
この案件はオーストラリア史上最大級の現金買収となる可能性を秘め、世界のLNG(液化天然ガス)市場における地殻変動をもたらすと注目されています。しかし一方で、国家安全保障や規制承認といった課題も山積しており、交渉は難航中です。
買収提案の全体像
- 提示額:187億ドル(A$8.89/株)
- プレミアム:市場価格に対して28%上乗せ
- 買収主体:ADNOCの国際投資部門「XRG」、アブダビ開発持株会社(ADQ)、米カーライル(Carlyle)
- 対象企業:オーストラリアのサントス(ASX上場)、豪州国内およびアジア太平洋に広がるガス資産を保有
- 交渉状況:独占交渉期間を2025年9月19日まで延長
サントスが持つ戦略的資産
サントスはオーストラリア第2の石油・ガス企業で、特にLNG資産に強みがあります。
- Gladstone LNG(クイーンズランド州)
- Darwin LNG(北部準州)
- PNG LNG(パプアニューギニア)
- Papua LNG(開発中)
- Barossaガス田(炭素回収と紐づく議論あり)
これらの資産はアジア市場への輸出に直結しており、ADNOCがアジア太平洋地域での供給基盤を確保するうえで重要な足掛かりとなります。
ADNOCの戦略的狙い
LNG拡張計画
ADNOCは2035年までに年2,000万〜2,500万トンのLNG輸出能力を構築する目標を掲げています 。その中核に位置づけられるのが今回のサントス買収です。
西側企業への初の大型買収
湾岸諸国の国営企業が、西側の上場石油・ガス企業を対象に大型買収を仕掛けるのは初の試みです。これは**「中東資本の西側エネルギー進出の象徴」**として注目されています 。
市場と株主の反応
- 発表直後:サントス株価は11%上昇
- その後:交渉長期化で一時下落(−3.5%)も記録
- 株主側の視点:プレミアム28%は魅力的だが、規制承認リスクが残るため慎重姿勢
規制・政治的リスク
- オーストラリア外国投資審査委員会(FIRB) の承認が必須。資源安全保障の観点から審査は厳格化する見通し
- 州政府・国内企業の反発:競合のBeach Energyは「国益に反する」と公然と反対を表明
- パプアニューギニア・米国規制:合弁事業に関する承認が必要で、国際的な調整が不可欠
リスク要因
- デコミッション義務:老朽化施設の解体費用(推定12億ドル)をADNOCが負担する可能性
- 利益減少傾向:サントスの純利益は2024年に前年比16%減少
- 政治的摩擦:資源ナショナリズムと外国支配懸念が強まる
- エネルギー転換圧力:LNG資産の長期的持続性に対する不透明感
今後の展開
- 買収成立シナリオ
- ADNOCはアジア太平洋市場におけるLNG供給の覇権を強化
- サントスは資本基盤強化により長期投資を加速
- 不成立シナリオ
- ADNOCは米国ガルフコーストや東アフリカなど他地域にシフト
- サントス株は短期的な下落リスク
グローバルエネルギー市場への影響
この案件が成立すれば、
- カタールエナジー、シェブロン、エクソンモービルなど既存大手との競争が激化
- アジアの買い手(日本・韓国・中国)にとって調達多様化の機会
- 豪州エネルギー政策において、資源の「誰が持つのか」が大きな政治テーマに浮上
まとめ
ADNOCによるサントス買収提案は、オーストラリア史上最大級のM&Aであると同時に、中東資本が西側エネルギー企業を飲み込む初の大型案件です。アジア太平洋市場をにらんだLNG戦略と、オーストラリア国内の資源ナショナリズムが激しくぶつかり合う本件は、国際エネルギー市場の分岐点となるでしょう。


